立ち上がり時間がtaとtbの2つの低域通過フィルターを直列に接続した回路を想定する。この回路全体の立ち上がり時間ta+bは、2乗和の平方根(RSS*)を使って次式で計算できる。すなわち
である。
この2乗和の平方根の式は、中心極限定理から導かれたものである。入出力ドライバーや半導体パッケージ、オシロスコープのプローブ、BNCコネクターなどの単極リニア・フィルターなどで見られる低域通過フィルター効果をうまく表現できる。ところで2乗和の平方根の式が成り立たなくなることが存在するのだろうか。この質問に対する答えは「イエス」である。その典型的な例として、高損失の伝送路がある。
中心極限定理を技術的な観点から説明しよう。例えば、低域通過フィルターをN個直列に接続した場合を考える。中心極限定理に従えば、この回路のステップ入力に対する立ち上がり時間はNが大きくなると√Nに比例して大きくなり、その応答はガウス分布になる。ただしこの定理が成立するためには条件がある。個々のフィルターのインパルス応答は、平均、分散ともに有限で、単調なステップ応答を備えているという条件だ。この条件は周波数領域で考えると、フィルターの伝達関数が直流付近において平坦(フラット)で、曲率が有限でなければならないことを意味している。従って、表皮効果による損失や誘電体損失は、直流付近での平坦性を損なわせるため、高損失の伝送路では中心極限定理は成り立たない。
高損失ケーブルのパラドックス
実際に伝送路を直列に接続した場合、この回路のステップ応答はガウス分布にならない。表皮効果による損失が支配的だと仮定すると、ステップ応答は直列に接続した伝送路の個数Nに関係なく、表皮効果の影響が顕著に現れる。すなわち素早く立ち上がった後に、長く尾を引いて減少して行く曲線である。立ち上がり時間は√Nに比例して増えるのではなく、N2という大きな割合で増加する。次に、誘電体損失が支配的だと仮定する。この場合のステップ応答は誘電体損失の特性が顕著に現れ、その立ち上がり時間はNに比例して増加する。
高損失のケーブルでは2乗和の平方根の式が使えない。その理由を、次の「パラドックス」を使って説明する。立ち上がり時間が1nsで、表皮効果による損失が大きいケーブルを想定する。このケーブルを半分に切断する。この場合、表皮効果が大きい伝送路のルールに従えば、長さが半分になった伝送路の立ち上がり時間は0.25nsになるはずだ。なおこのルールとは、立ち上がり時間は長さの2乗で増加するというもの。つまり長さが2倍になれば立ち上がり時間は4倍に、逆に長さが1/2になれば1/4になる。
その後、2つに切断したケーブルを再び1つに接続する。このケーブルの立ち上がり時間を2乗和の平方根の式を使って計算すると、

という答えが得られる。この答えは、明らかに間違っている。従って、このような場合は2乗和の平方根の式が適用できないと結論付けるべきだろう。
2乗和の平方根の式は、ケーブルに対して、中心極限定理を満たすものを組み合わせた場合は問題なく成立する。例えば、ドライバーや受信器用ノイズ・フィルターを組み合わせた場合である。さらに伝送システムのほんの一部が中心極限定理に違反しているような場合でも、比較的リーズナブルな答えが得られる。
ちなみに図1は表皮効果と誘電体損失について求めた、規格化した周波数応答曲線である。この図を見ると、直流付近の表皮効果の周波数応答は決して平坦ではないことが分かる。直流においては、ほぼ無限大の傾きを示している。しかしこれは、実際には起こり得ない傾きである。誘電体損失の曲線は、表皮効果の曲線に比べると緩やかな傾きである。しかし表皮効果と同様に、直流における傾きは実際には起こり得ない挙動を示している。
(ハワード・ジョンソン*1))
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